おそまきになるけど、常々読んでみたいと思っていた作家「結城昌治」氏の作品を積読から取り出してきた。
文庫概要
タイトル | あるフィルムの背景 |
著者 | 結城昌治 |
編者 | 日下三蔵 |
出版社 | ちくま文庫 |
副題には「ミステリ短篇傑作選」とある。
内容紹介
巻末の「編者解説」によれば、角川文庫に著者編集で「あるフィルムの背景」があり、第一部はそれがベースになっているらしい。そして、第二部は次の通りの説明があった。
このちくま文庫版では、トリッキーなサスペンスとブラック・ユーモアの系列に属する作品五篇を増補した。
ということで、副題通りに著者作品の美味しいとこ満載な満腹作品集だった。
いずれ長編も読んでみたい!と思わせる作家であったが、いずれなどとは言わず、このまま積読にある次を読んでみる(現在ピローリーディング中)。評伝『志ん生一代』があるので、落語への造詣が深いのも気になるし… やっぱりもっと色々な作品を読んでみたいと思わせる作家かなと。
構成は以下のとおり。
第一部
- 惨事
- 蝮の家
- 孤独なカラス
- 老後
- 私に触らないで
- みにくいアヒル
- 女の檻
- あるフィルムの背景
第二部
- 絶対反対
- うまい話
- 雪山讃歌
- 葬式紳士
- 温情判事
「私に触らないで」
主人公は歯医者、このまあ誰にでもある平凡な日常がどう変わってゆくのか、というより変わってしまったが作品になっている。
(略)一日は何ということもなしに流れていく。(略)とにかく、いずれ死ぬ。火葬場で灰になる。それで終りである。それまでの間、俺は他人のムシ歯をほじくって暮らす。ニコニコと人の好さそうな顔をして、望みも情熱もなく喜びもなく……。
多くの作品に通じるが、平凡平凡と言いながら、気がつくと非凡(犯罪者)になっていた!みたいな。そう思うと、自分の読後感は「平和で平凡が一番だな」と納得してしまう。
「あるフィルムの背景」
一方、タイトルにもなっているこちらは、平凡な生活に満足していたはずが、うっかり非凡な生活に陥ってしまうとこが恐怖。
なおストーリーとは関係ないけど、妙なところでの描写が乙で楽しめる。著者には検察庁勤務の経験があるようなので、その時の経験が生きているのかなと。こういうバックグランドのある作者の犯罪小説はやっぱり読み応えがある。
(略)すでに前科三犯のスジモノで、否認し通せば、証拠不十分で無罪になるかもしれぬと期待している男だった。笹田は被告のしょんぼりした様子を見て、その表情にユーモアを感じた。うまい汁を吸おうとして、苦い汁を飲んでしまった男の顔だった。
とは言え、この短篇はすごく引き込まれるのだが、案外オチが脆かった。だけど、この脆さがまたよかった(オチ方がちょと落語っぽいかな)。
「雪山讃歌」
登山の趣味があるとは思えない著者による、ちょと異色な作品だったけど、作品がもつ怖さの質は著者っぽかった。
自分も2回塔が岳に登ったことあるけど、山の雰囲気は優しい印象を持っているので、多少違和感が。谷川岳は(自分にとって)その響きだけで、十分怖いから、その解説に谷川岳を挙げたことで、違和感は緩和されたかな。
この塔が岳の尊仏小屋から、丹沢山、不動が峰、蛭が岳、八丁坂と急坂を喘ぎ、さらに黍殻山、平戸を経て鳥屋に至るコースは、晴天の日でさえ七時間以上を要する難コースである。(略)そうでなくても、丹沢の天候が変わりやすく遭難者の多いことは、谷川岳とともに魔の山として有名である。
どれも怖かったし、作品によっては(本質を突きすぎていて)救いがないだけに恐怖も深まった。
この1冊でした(Amazon)
角川文庫はもう絶版ようで、残念だな。