美しい星を撮りたいと満月撮影に挑戦
2017年7月上旬、満月の前日です。東京の区内にある自分のお家のベランダから。
現像を頑張りましたが、クリア感が欠けるかも…。月を入れた素敵な写真を撮ってみたいです。
この写真にちなんで、こちらを紹介したい。
「美しい星」三島由紀夫
吉田大八監督とリリー・フランキー主演の映画
「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」「クヒオ大佐」「桐島、部活やめるってよ」の映画を面白く観て、吉田大八監督に関心あるので、この三島由紀夫原作の作品、映画を観る前にやっぱり読んでおこうかなと思ったのです。しかも、異色の【SF】小説というのだから…。
主演がリリーさんと知ってから、本を読みながらすでに主人公(重一郎)の顔はリリーさんになってました。
映画のキャッチフレーズでは「平凡な家族が宇宙人に覚醒した」とありますが、要するに主人公家族が自分たちは宇宙から、この気の毒な地球にやってきて… と上から目線で物事を解釈し救済しよう!という志をかざしてゆくストーリーです。
重一郎自身にとつても、五十二歳になつて突然かうして身に添うた自明な優越感は、思ひ設けぬことと云ふ他はなかつた。
主人公(リリー)が突然「自明な優越感」に目覚める一文です。三島は自分の憧れ?を主人公に託すのでしょうか。
インテリで小金持といふのが、一等悪いことをするんですよ。私たち庶民は、善良で、心がやさしくて、損ばかりしてゐるんですものね。
美しい星からやってきた宇宙人家族を際立たせるがの如く、近所のおばさんが吐くセリフです。正直、やや類型的過ぎないかな?と読みながら思ってしまいました。
この父に、どんな怖ろしい真実をも餌にして、それから創り出した夢を見る能力、あの宇宙人に必須の能力がまだ残つてゐるだろうか?果たして父の歯は、折角与へられたその餌を噛み砕くだけの力があるだらうか? 私にはわからない。もしかすると、私がそんな能力に信頼して、真実を打明けてしまつたのは、まちがひではなかつたらうか?
映画の結末は知りませんが、小説の結末はある種の破綻に向かって行きます。その過程で、主人公である父(重一郎=リリーさん)に善意の打撃を与える娘の思い。
映画は観てないので、何も言えませんし、小説の批評をするつもりは全くないです。ただ、自分の読み方の癖もありますが、何を拠り所に読んでよいのかわかりにくい小説でした。
映画は小説など意識せず、吉田大八監督ワールド全開で攻めて欲しいけど、あまり話題にはなっていないかな。