小松左京氏と言えば、読まねばならぬのは「日本沈没」だけど、その前についついもっとライトな作品を読んでしまっている。もっともっと、あなたのことを知りたくて♪
文庫概要
タイトル | やぶれかぶれ青春記 |
著者 | 小松左京 |
出版社 | 旺文社文庫 |
内容紹介
本書でご本人も言及しているけど、1931年生まれの小松氏も1925年生まれの小実昌氏にしても、1928年生まれの田辺聖子どんにしても、1930年生まれの開高氏にしても、青春に甘い思い出は乏しく、空腹で理不尽な思いを語っている。
改めて、平和な時代に感謝しないといけないなと。
- やぶれかぶれ青春記
- わが青春の野蛮人たち
- わが青春
- わが読書歴
- 気ちがい旅行
- 美しいもの
- 解説 –若い読者諸君に 國弘正雄
- 神戸一中時代の小松左京と私 高島忠夫
- 小松左京サンについて 田辺聖子
タイトルに「青春」が含まれる作品は、どれも理不尽&不条理尽くめ。後半は著者の性格がうかがえる、楽観的でおおらかな知識欲が感じられるエッセイである。
やぶれかぶれ青春記
現代ではもう購読者もいなさそうだけど、かつては大学受験生の雑誌「蛍雪時代」の連載で、それの文庫化なんだな。時代の流れを感じる。
この小説は、昭和四十四年四月号より十一月号まで、八回にわたり、「螢雪時代」に連載されたものである。(編集部)
- まえがき
- お前、アホやな……
- なぐられる青春
- おさない「人夫」たち
- 英雄茶番劇
- 蝶々トンボも鳥のうち……
- 狂気の特攻兵器
- 機密と監視
- 「バカ」「アホ」の工場労働
- 昭和二十年八月十五日
- 焼け跡の休暇と闇商売
- 民主化の波
- ”不良”クラス委員
- 入学試験
- わが人生「最高の日」
- すばらしき”青春”の休暇
- 青春の終わり
「わが人生「最高の日」」より
いくつか章立てになっているけど、とにかく終戦までは学校の教官らの理不尽な仕打ちの描写が続いて、読んでいるこちらでも憤りをおぼえる。しかし、ハラスメントしている本人達は、終戦になると掌を返して態度も信念もひっくり返る。こういう人たちは、今の世の中にも、存在はするなと思っている。
それだけに、平和な時代になって憧れの学校に入学する嬉しさが溢れてくる感じ。
今でも眼をつぶると、ありありと思い出すことができる。――旧制三高にはいった日、三高正門をはいった芝生の上では、桜の古木が満開で、まだかすかに肌寒い春風が吹くたびに、白線帽にマント姿の頭上から、ほんのわずかに紅をおびた純白の花びらが、はらはらとちりかかるのだった。(略)
誰でも、一生に一度くらいは、人生の中の感激の時、あるいは「最高の日」を持っている。
わが青春
入力しながら気づいたけど、小松氏の一文は長いなと。しかし、この1冊でも表現を変えつつ繰り返している「青春」の思いが、この一文によくまとまっている。
もうだいぶあちらこちらに書いてしまったのだが、私は自分の「青春」というものにあまりいい感じをもっていない。戦中戦後という得意な一時期とかさなりあった事もあり、また、私のかよった旧制中学が、当時名うての軍国主義的学校であり、それにくわえて終戦直後の家の没落やら、私自身の性格やらがかさなりあった事もあろうが、とにかく「青春」というものの記憶は、ひどく暗く、汗くさく、垢じみ、貧しくて、あさましい飢餓と、やり場のない怒りと屈辱にまみれたものでしかない。
と、自分も繰り返してしまうが、小松氏の青春は間違いなく「やり場のない怒りと屈辱」だったけど、それ以後の小松氏の文章を読むと、本来この方はもっと大らかな性格で、見据えている世界も大きなものであることが感じられる。
そんな背景を理解しつつ、引き続き左京作品を読み続けたい。
この1冊でした(Amazon)
2018年に新潮文庫から再版があった!