「ヘミングウェイ短編集~その3~」


戦車の代わりで戦闘機の画像

画像はアメリカのスミソニアン博物館で撮影したエノラ・ゲイ(広島の原子爆弾を投下した飛行機)。撮影した1997年12月当時、まだデジタルカメラ(ソニー製品)は珍しく、自分の米国生活をデジタルで記録したいと思い無理して購入したのは懐かしい思い出。

この写真を選んだのは、戦車の画像がなかったため。

サブタイトルにある「蝶々と戦車」は平和と戦争の比喩で、最晩年におけるヘミングウェイが強く関心を抱いていたことなのかなと。

この写真にちなんで、こちらを紹介したい。

ヘミングウェイ全短編3
~蝶々と戦車・何を見ても何かを思いだす~
高見浩(訳)
(新潮文庫)

全短編集3部作もいよいよ最後

最晩年と言ってよいのか… とにかくほぼ晩年の15短編と「生前未発表の短編」とされた7短編がおさめされていた。

もうかなり、ヘミングウェイの思いなり思考?志向?指向?が凝縮されているかなと。長編からこぼれ落ちたネタ、長編へむけたタネやスケッチ的な気分の作品などなど。

無理に集約してみるのであれば、次のようなモチーフでちょっとしたことから、ストーリー組み立ててある(から短編として面白く読める)。

  • 父と息子としての自分
  • 父としての自分と息子
  • 釣りや狩猟
  • 戦争
  • 闘牛

いくつか短編からの抜粋をば。

密告

戦場での話ではないが、戦時下における人間の心の葛藤を、もはや自分の作品のためだけという作家のエゴで描いている。

それなのに、私はデルカドを検挙させる最短の道をウエイターに教えてしまった。(略)感情的な葛藤に陥った人間がどう反応するのかを見たいという、さもしいとしか言いようのない願望が働いた結果だった。

蝶々と戦車

蝶も戦車も出てこない。ある店で起こった珍事の話を、戦時中(戦車)での陽気なこと(蝶々)で例えている。

が、それだけのことではない。この珍事を巡り、数ページの短編で戦争で荒む人の心のはけ口を描くという作家としての目の付け所がすごいなと。

「(略)誤解された陽気さが、この店にいつも充満している、しかつめらしい深刻さとぶつかったんですからね。わたしにとっては、久方ぶりにお目にかかった、興趣の尽きない稀有な出来事なんですから(略)」

アフリカ物語

象追いの話を、少年の視点で描いているのだが、作者の狙いの奥は深く、主人公の少年に次のように語らせてしまう。

少年はすでに老いるということをさとってしまう。

ぼくはただ、年齢というものを理解した結果生じた一種の倦怠感から、悲哀を覚えているだけなのだ。あまりにも若すぎることを通じて、老いることがどういうことなのか、覚ったのだ。

少年は象を発見したことを、父とジュマ(父の知人)に教える。その象はかつてジュマの友人を殺したことがあり、ジュマは復讐を狙っているにも拘らず、象追いを続けるうちに、少年はその象に親近感を抱くようになってしまう。

でも、ジュマのことはさぞ殺したかっただろう。でも、あの象がぼくを見たとき、ぼくを殺したがっているようには見えなかった。あの象の顔には、ぼくと同じように、悲哀の色だけが浮かんでいた。

異郷

670ページに及ぶ分厚い文庫の最後を飾った作品で、100ページほどなので、短編集のなかでは中編に相当する量かな。

妻子ある?と思われる中年男性が、娘のような女性とのロードムービー調で西海岸へ向かう話で、女性は男性の背景を理解しつつも「自分を愛している?」と聞く。一方男性は、「愛せるように努力する」と言い、女性はその言葉を信じる。

「いまだって愛しているとも」彼は嘘をついた。いま二人でしたことを愛している、というのが本音だったのだ。

ヘミングウェイなのだから、ただのエッチなおじさんの男にとって都合良い?話だけのはずはない… で、次で「行く」と言っている行き先はヨーロッパ戦線である。

この夏、おれはトムや子供たちと共に素晴らしい時をすごし、いまはこの娘がかたわらにいる。この先いつまで良心が耐えられるか、見てみよう。行かねばならぬときは、行くだろう。そのときまでは、あれこれ思い悩まぬことだ。

そして結末は?

この作品は、生前未発表であり、きっと完成はしていないと思う。

最後は自分の人生に起こった悔恨を語っている。どんな悔恨かと言えば、最初の妻が主人公男性(多分、自分自身と被せている)が若かりしきころ書き溜めていた未発表原稿全てを紛失したという事実に基づいた出来事である。そして言い切る。

「そう、悔恨は有害だ。しかし、そいつは人を殺しはしない。ところが、絶望は瞬時のうちに人を殺すんだ」

まだ小説は続きそうな雰囲気を残しているが、肝心の著者はこの世を去っているのだから、続きが気になるけれど、この話はこれで完結なのだなと。

若かりしきころ、精力的なころの作品も併せて読んでみれば、人生の奥行きも!感じられるのでおすすめっす。

この1冊でした