武州と言えば群馬とか秩父とか
谷崎45歳?昭和6年の作品らしい。
個人的には大好きな文豪だけど、性格は甚だ歪んでいそうだ。これらは、そんな歪んでいそうな関心を踏まえた挑戦作のようにも読めた。
「武州」というから、自分が住んでいる関東地域に由来した作品かと思ったけど関係がなかった。だけど、この秘話は京や西日本、東北よりも無骨な関東武士向きな話かもしれない。聞書抄はテーマからしても、京のお話。
本のタイトル | 武州公秘話・聞書抄 |
著者名 | 谷崎潤一郎 |
出版社 | 中公文庫 |
武州公秘話(ぶしゅうこうひわ)
巻之一~巻之六の6章からなっている。
要約するには非常に難しく、歴史小説に形を借りて谷崎が歴史!を作っている。
「輝勝」というのが武州公で、かつては「一閑斎・則重」親子に人質として囚われていた。その人質時代に、鼻を削がれた首級に性的興奮を覚え(この時点で変態かもです)それを踏まえて話が続く。鼻を削がれた首級というのは、手柄の印となる敵の顔を持参する余裕はないから、証拠として鼻だけ切り取り、後に鼻をもぎ取られた顔と照合することらしい…。
谷崎が作った歴史話の順を追えば、
武州公「輝勝」が鼻を削がれた首級に性的興奮を覚える
↓
ひょんなことから、輝勝は敵の武将Aを殺害して鼻を削る
↓
武将Aの娘が、則重に嫁ぐ
↓
輝勝が、則重&武将Aの娘の閨(ねや)の覗き見を始める
↓
輝勝が武将Aの娘に嫉妬を抱くようになり、則重の顔に危害を加え劣等感を抱かせる
↓
武将Aの娘(則重夫人)への思いが募り、輝勝が則重に攻撃を仕掛ける
しかし、もはや則重に戦意はなく、むしろ自分の顔を誰かに見られることのみに気を取られる… という共感を得づらい話なのである。
則重にとっては、今ここにいる輝勝こそは、父一閑斎の恩に背き、彼をかくのごとき窮地に陥れた憎むべき敵である。(略)視線が合った咄嗟の感じは、「憎い」と思うよりも、「あ、顔を見られた」というきまりの悪さが先に立った。
転記しつつ思ったのだが、意外と谷崎の文章は一文が長い。
事実を云うと、公は往年夫人の閨(ねや)へ通いつづきた夜な夜な、餘所(よそ)ながらこの奇態な顔を隙見させて貰っては快感に浸っていたので、今日が始めてなのではないが、当人はそれを知るはずがないから、鼻がかけて以来秘し隠しに隠し通して来たものを、今自害しようとする矢先に運悪くも敵に見られたと思うと、日頃の用心が水の泡になった恨めしさやら口惜しさやらで、全く憂鬱になってしまった。
こちらは真面目に読んでいるのに、ところどころ、お笑いみたいな描写が入る。
(略)首を取られてはあの世へ行っても親父に合わす顔がない。癇癪持の親父のことだから、「間抜け奴! 鼻と耳を拾って来い!」と、頭から怒鳴りつけるかも知れない。
秘話というには読者(自分のこと)の期待に応えられなかった作品かと思うが、谷崎の歪んだ興味を改めて実感した。「グロテスクなブラックユーモア」を追い求めた意欲作と思いたい。
聞書抄(ききがきしょう)~第二盲目物語~
後半のこちらは、前半よりまとまっていたと思う。
前半のテーマが、グロいブラックユーモアとすれば、こちらはサディストな一面を追ったのかと推測する。
その一~その八の8章からなっている。
まず「その三」の冒頭
父をはじめ三人の首は、水口の城で自害をした長束大蔵大輔の首と一緒に、その日のうちに三条橋の角に懸けられたのであったが、それから三日ほど過ぎた或る日、
「(略)今日こそお父様を拝みに行って参りましょう」
と、乳母がすすめた。
この小説を複雑にしているのは、構成にあると思う。100ページ強の作品だけど…
盲人→訳ありの美人そうな尼→筆者
と語り継ぎを匂わせる。
この「訳ありの美人そうな尼」というのが、乳母と一緒に父の首を見にゆく娘なのだが、この父というのが関ヶ原の戦いで敗れた石田三成なのである。で、盲人というのが、下記の順慶で、この人物はかつての三成の家臣で、三成の命令により豊臣秀次のアラさがしをすべく秀次のもとに潜入した背景をもつ。
三成はなぜ秀次のアラを求めるのかと言えば、秀吉は秀次を亡き者にしたく、空気を読んだ三成は秀次を追い詰めようとするが、順慶はむしろ秀次の奥方に心を奪われて秀次に同情を寄せてしまう。
そうして順慶は、却って秀次の性情の優美な方面を説くのである。
「世間の人は殺生関白などと申して、むごたらしいことがお好きなように申しますが、あれでなかなか風雅の道をお嗜(たしな)みなされ、和漢の古書をお集めなされたり、(略)などと遊ばしましたのを、今もおぼえているのでござります」
そんな順慶の思いと裏腹に、結局秀次という人物は豊臣秀吉の怒りを買って切腹、妻子および関係者の30余名は京都の三条河原で処刑というサディストな史実に基づき、谷崎は話を展開させる。
そうして翌八月の一日には、皆々この世の暇乞いに文などを書きしたためたが、その間に三条河原では、二十間四方の堀を掘り、鹿垣を結い廻らし、三条橋の下に三間の塚を築き、秀次の首を西向きに据え、公達や女房たちにそれを拝ませると称して、二日の朝早くからそこへ引き出したのである。彼らは一輌の車に二三人ずつ乗せられて、町を引き廻された上刑場に着くと、まず秀次の首に額ずいて、それから順々に殺されて行った。
サブタイトルに「第二盲目物語」とあるように、一応第一に相当する「盲目物語」も存在している。それとは別にやっぱり盲人が重要な役割を担っている「春琴抄」も存在するのだから、谷崎にしてみれば盲人は気になる小説の要素だったのかな。
両作品ともほどほど楽しく読めたのだが、小説の長さの割に構成が複雑だよ。もっとのんびり読ませて欲しいっす。